若いお母さん方の中には、「沢村貞子」という名を知っている人が、どれほどいるだろうか。私は、この明治生まれの女性に憧れている。シャキッと背筋が通って、粋でしゃれている。その芯の強さには、畏敬の念を抱いている。貧しい正直者が苦しめられるような社会は、間違っている、と考えていた。何も悪いことはしていないのに、その考えを変えろという、特高の拷問にたいしても、決して屈しなかった。
沢村貞子の本は、ほとんど読んでいるが、その中でも忘れられない話がある。家の前で近所のおばさん達が、ガヤガヤ井戸端会議をしていると、隣家の女中が「ネェネェ、あそこの奥さん、女郎屋にいたんだって!」と言うと、沢村のお母さんが、その女中をキッとにらんで「それがどうした。今は立派なお店の奥さんだよ」ときっぱりと言った。戦前は、貧しくて、家族のために身売りをしなければならなかったこともあった。過去がどうあろうと、今の姿が大切なのだ。こういうお母さんに育てられると、筋の通った生き方ができる人間に育つのであろう。
沢村の生き方には、学ぶことが多い。沢村の言葉の中に、共感するものが多い。「世界が得をすること、それは平和。(損をすることは戦争か…)」「少々ぐらい、いやなことは黙って我慢しなければ、なかなか平和に暮らせない。ただこれだけはどうしてもいやだと思う事は、しないようにしなければ…決して、しないように。残りの人生を、そういうふうに生きてゆくためには、目立ちたがらず、誉められたがらず、歳に逆らわず、無理をしないで、昨日の嫌なことは忘れ、明日のことを心配しないで、今日一日を丁寧に、肩の力を抜いて、気楽にのんきに暮らしていこう。」新年にあたって、私も同じことをみんなの前で誓いたい。