「競争」

(2023.9.01)

私の机の前に、一枚の写真がある。満面の笑みで走るI君と、私と手をつないで楽しそうに走るK君とのリレーの一場面である。

9月になると、園では一斉に運動会ごっこが始まる。全ての子が全種目に加わってくる。リレーにも、年少児が割り込んできて、どこが先頭か分からない、ゴチャゴチャのいつまでも終わらないエンドレスリレーである。入園当初はヨタヨタ赤ちゃん走りをしていた年少児も、格好よく軽快に走っている。競い合うというより、ただ走ることを楽しんでいる。

「僕は一番早いんだよ!」と一人が言うと、誰もが「僕も一番!」と言い出す。幼児期は、誰もが「自分はすごいんだ。自分が一番」と思えることが健全である。しかし、年長児になると、そうはいかなくなる。現実が・・・、自分と他人が分かってくる。それでも、幼児期は「僕はすごいんだ!何でもやればできる。」と思うこと、自尊感情・意欲を育てることが大事である。

過度に競わせることは適切でない。その子なりの得意分野で認められていれば良いが、狭い分野だけが注目され、そこでのみ優劣をつけられると、ダメージが強くなってしまう。年長児によるクラス対抗リレーは、運動会の花形である。子ども同士が競い合うと、保護者も熱狂する。しかし、私の心は複雑。リレーの練習で、I君はいつも他のクラスの子に抜かれてしまう。リレーが終わらない内に、一人みんなから離れ、うなだれて園舎裏の暗い通路に向かって行ってしまう。I君のくやしさ、辛い気持ちが良くわかる。胸が痛くなる。I君の後を追って、園舎の裏へ行き、2人きりになった。「リレーなんかやりたくないのに、全員参加なので、みんなのために、嫌でもやってくれたんだよね。みんなのためにやることは。素晴らしいことだ、立派だよ。そして、みんなに抜かれても、最後まで頑張って走ることが、一番大切なことだ。早く走ることより、自分の力を思い切り出すことの方が、ずっと素晴らしい、だからI君が最高、一番!」と伝えると、目に涙をいっぱいにして、私を見つめ、私の足にしがみついて泣いた。私も胸がいっぱいになった。そんなことがあって、I君は私を見つけると、私が気づかないうちに、私の手をにぎっていることが多かった。

そして、運動会当日、I君と同組で走るK君は、担任の先生と走ることになっていた。私はとっさに「私とK君で走らせて!」と告げ、K君の手を取って走り出した。先行するI君に「オーイマテー!オマエは早いなー」と、K君も声を出して大喜び、I君も満面の笑み、それが私の机の前の写真。運動会終了後、I君は「運動会楽しかった、もう一度リレーやりたい。」と言った。

子ども達は、狭くなった社会の中で、小さい時から比べられる。誰もが世界に一人しかいない存在で、一人ひとり、みんな違う。その子の長所を認め、ほめて、伸ばして、自信をつけてあげたい。